インタビュー花咲くいろは

花咲くいろはスペシャルインタビュー第36回

――井上さんは『花咲くいろは』をはじめ、『true tears』『CANAAN』などさまざまな作品で色彩設計を担当されていらっしゃいますが、そもそも色彩設計とはどんなお仕事なのでしょう。

井上:
色彩設定の仕事は主に、監督のイメージに合わせて原案(キャラクター)をアニメーションの仕様に変えていく作業になります。具体的には肌や髪の毛の色、服の色など、このキャラクターならば暖色系が合う、このキャラクターはあまり派手な色使いはしないなど、それぞれの色の方向性を決める感じです。その上でシーンやシチュエーションによって、色の濃淡、影などを考慮しながらカットごとに色を指定していきます。

――作品にもよると思うのですが、『花咲くいろは』では、キャラクター原案を担当された岸田メルさんが原案の時点で色を付けられていました。各キャラクターの色は、それを元に決められたのですか?

井上:
基本はそうですね。あとは原案と一緒に色の変化表というものもいただいていて、全体の色彩はそれがベースになっています。岸田さんが描かれる絵は、色使い、特に影に紫色――岸田パープルと呼んでいるんですが(笑)――を使うところが特徴だと思います。また優しいふわっとした印象もあり、そのイメージをアニメーションで表現するためにいろいろと苦労しました。

――具体的にはどういったことをされたのですか?

井上:
まず影なのですが、全体的に青や赤のフィルターを重ねています。ただの黒にしないことで原案の雰囲気に近づけているのですが、その反面、髪の毛の赤味が強くなってしまったり、逆に夕方のシーンで青味がかった影が強調されてしまったりするので、その都度色を調整しました。あとはキャラクターの主線(輪郭線)を赤茶色にしています。これは安藤監督から、キャラクターを明るく見せたいというオーダーがあったからなのですが、最初はセピア色を考えていました。ただ肌の血色をもう少しよくしたいと思い、いろいろと試行錯誤してみたところ、今の色が一番よかったんです。絵も明るくなりましたし、岸田さんの絵っぽくなったと思います。

――今回、原案の色をガラっと変えたキャラクターはいますか?

井上:
一番変わったのは蓮二の仕事着かな。原案の時点では真っ白だったのですが、そのままだと背景にキャラクターを乗せたとき違和感が出てしまうので、紺色に変更しています。原案をアニメーションの仕様にするという色彩設計の仕事の分かりやすい部分ですね。

――色指定というお仕事もありますが、色彩設定との違いはなんなのでしょうか?

井上:
色彩設定はキャラクター原案を元に色彩デザインをしますが、色指定さんはそのデザインの過程で足りない部分を埋めていく感じです。『花咲くいろは』では、モブキャラクターや小物、料理などの色を決めてもらいました。

――色彩設計はキャラクターの色の方向性を決められるということでしたが、緒花たちは何色になるのでしょう。

井上:
緒花は黄色、黄緑、水色の3色で、暖色系と寒色系の両方を持っている感じ。みんちはクールなイメージで寒色系のみ。暖色系はないです。菜子は柔らかい感じで、激しい原色は使いません。結名は常に新しい色使いを心がけました。あとはちょっと大人っぽい色の洋服にしています。巴はピンクですね(笑)。暖色系で元気な感じ。ただ部屋着に黒いタンクトップを着せるなど大人なイメージも表現しています。

――それでは色を決めるのを悩んだキャラクターは誰ですか?

井上:
蓮二ですね。特にスカジャンの色が決まらず悩みました。渋めの色でクールな蓮二もカッコイイのですが、ありきたりになってしまう。蓮二のキャラクターなら、もう少し色を使ってもいいんじゃないかと思いましたし、意外と赤やピンクも似合う。まさに私の中の蓮二のイメージがスカジャンに出ていると思います(笑)。

――井上さんはキャラクター以外に、3Dの色も決められているんですよね?

井上:
そうですね。分かりやすいところで言えば緒花たちが通学で使う電車や特急「はくたか」など、キャラクター以外の部分でも色のコントロールをしています。背景は美術監督さんが決められるので、それ以外の部分を色彩設計と色指定で作り上げていきます。

――26話を終えられて、一番印象に残った話数、シーンはどこでしょうか。

井上:
やっぱり最終話ですね。中でもスイが緒花を見送る湯乃鷺駅のシーンはカットのつなぎも違和感なく、見てくださった方が自然と画面、物語に入っていただけたと思います。それにあのシーンは通常だと1パターンの色彩設計だけで終わってしまうところを、光の反射も考慮して2つの色のパターンを用意したんです。安藤監督が目指された繊細な雰囲気が表現できたのかなと。自分でもよく出来たと思っています。
あとスイが誰もいなくなった喜翆荘の中を歩くシーンも印象に残っています。実は1カットごとに色を変えているんですよ。時間の制約があったのですが、26話までやってきたことが活かされて、空間とキャラクターの距離感を重視した丁寧な作りにできたと思います。

――オープニング、エンディングに関してはいかがでしょうか?

井上:
本編と同じテイストにするよう心がけていますが、やはりスペシャルなイメージもあるので、細かい部分で色変えはしています。特にオープニングはリアルな感じを出したくて、現実に少しでも近づけるよう、本編よりも色味を絞っています。

――井上さんが一番好きな話数は?

井上:
18話ですね。それまで菜子がクローズアップされた話数というのはあまりなく、初めて菜子の本当の姿を見られて、ああ、菜子ってこういう子だったんだと感じられた回でした。それに18話以降から、自分の中で『花咲くいろは』とはこういうものだという、本質の部分を掴めたような気がしているんです。もちろんそれまでも話数にあわせていろいろなアプローチをしながら作業をしていたのですが、18話ぐらいからは一本筋の通った、色を変えてもそれを違和感なく作品に反映させられるようになったという気がしています。それがあったからこそ最終話では余計な力を入れずに、このシーンだったらこういう雰囲気というものを、短い時間の中で自然と出せたんだと思います。